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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1758号 判決 1950年12月11日

控訴人 被告人 野村芳太郎

弁護人 堀部進

検察官 片桐孝之助関与

主文

原判決を破棄する。

本件を岐阜地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人堀部進の控訴趣意は後記の通りであつて、検察官は原判決を破棄して相当の裁判を求むと述べた。

先づ控訴趣意について按ずるに、原判決は司法巡査に対する仙石丈平及び加納亮の各第一回供述調書司法警察員に対する竹中重之及び橋本常吉の各第一回供述調書、司法警察員に対する被告人の第一回供述調書を綜合して被告人は昭和二十一年八月五日大垣区裁判所において贓物故買罪によつて、懲役一年罰金千円に処せられ当時其の執行を受け終つたものであるが、真実演芸興行をしていないのに拘らず、これが興行資金として金借するものと申欺いて金銭を騙取しようと企て、

第一、昭和二十三年十二月十七日頃岐阜県揖斐郡大野町本町仙石丈平方に到り、同人に対し興行場入場券様のものを示して、今夜揖斐町で興行するが金が少し足らんで貸して呉れと虚構の事実を申向けて同人を欺罔し、金三千円を、

第二、同月二十九日頃同郡鶯村役場に於て竹中重之に対し、一月一日から三日間池野で芝居興行をやることになつてもう役者も到着するが、金がないから貸して呉れと虚構の事実を申向けて同人を欺罔し金一万円を、

第三、同二十四年一月九日頃同郡大野町下方加納亮方において同人に対し本月の十日、十一日揖斐町公民館でレビユーを興行するにつき芸人に給料の先払をせねばならぬからと虚構の事実を申向けて同人を欺罔し、金一万円を、

各借受名義の下に交付せしめて騙取したとの事実を認定した上刑法第二百四十六条第一項第四十五条第四十七条第五十六条第五十七条を適用して、被告人を懲役十月に処したことが明かである。而して右の前科並びに受刑に関して同司法警察員に対する被告人の第一回供述調書には論旨摘録の供述記載があり、特段の反証のない本件としては、右の供述記載を以て原審判示の前科並びに受刑の事実を認むるに差支えないのみならず、刑の加重事由の如きは刑事訴訟法第三百三十五条第一項に所謂事実に該当せぬものであつて、必ずしも証拠説明を要する事項でないと解すべきを以てこの点の論旨は採用し難い。然しながら、原審の法令適用において明かなように本件は詐欺罪について累犯加重及び併合加重をなす場合であるから、当然刑法第十四条の制限内においてその刑を加重すべき場合であるに拘らず、その適用をなさない違法があり、且つ、右の違法は判決に影響を及ぼし得ないとはなし得ないのであるから、原判決は刑事訴訟法第三百八十条第三百九十七条によつて破棄を免れずこの点において論旨は理由あるものとせねばならない。

更に職権を以て調査するに、原審挙示の証拠中司法巡査に対する加納亮の第一回供述調書にはその供述者とされている加納亮の署名も押印もないのであつて、同人の供述調書としての証拠能力のないものとせねばならない。蓋し刑事訴訟法は被告人以外のものの供述を録取した書面については、同法第三百二十一条にその供述者の署名若くは押印あるものは左の場合に限りこれを証拠とすることができるとし、その供述者が自己の供述であること及びその供述内容の真実性を担保する署名若くは押印のあるもの(但し供述者の署名若くは押印の存する場合と同視し得る公判調書を除く)についてのみ一定の条件の下にこれを証拠となし得ることを明かにしているからである。尤も原審公判調書によれば、被告人は加納亮の供述調書を証拠とすることに同意してはいるが、同法第三百二十六条による当事者の同意は供述者の署名若くは拇印以外の右に所謂一定の条件を緩和する丈のものであつて、その署名若くは拇印のないもの迄にその証拠能力を附与し得ないものと解すべく、そのように解することはこの場合実体的真実発見の要請による当事者主義の制限として充分その合理的根拠があるものと考へられるのである。従つて原審が加納亮の関係即ち判示第三の証拠として挙示している司法警察員に対する被告人の第一回供述調書、司法巡査に対する加納亮の第一回供述調書、司法警察員に対する橋本常吉の第一回供述調書中、加納亮の供述調書は証拠能力がなく、又橋本常吉の供述調書は被告人の自白を補強するに不十分であるから、結局原審は右第三事実を被告人の自白のみで認定し、これを有罪としたことに帰着し、刑事訴訟法第三百十九条第二項に違反して被告人を有罪とした違法があり、且つ右の違法は判決に影響を及ぼすこと明かであるから、原判決は同法第三百七十九条第三百九十七条によつても破棄を免れない。

而して本件は、少くとも右第三事実に関して尚審理を尽す必要があつて直に当審において判決するに適しないと認められるから、同法第四百条本文に則つて原審岐阜地方裁判所に差し戻すべきものである。

仍て主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 薄井大介 裁判官 山田市平 裁判官 小澤三朗)

弁護人堀部進控訴趣意

(一) 原判決には理由不備の違法がある。

原審判決によれば被告人は昭和二十一年八月五日大垣区裁判所に於て贓物故買罪により懲役一年及罰金千円に処せられ、当時其執行を受け終つた者であるがと前提し、三つの詐欺事実を認定しこれが証拠として、仙石丈平、加納亮、竹中重之、橋本常吉に対する司法警察員の各供述調書被告人に対する司法警察員の第一回の供述調書をあげ、法令の適用として刑法第二百四十六条第一項、第四十五条、第四十七条、第五十六条、第五十七条を適用して、被告人に対し懲役十月を科している。

然しながら、裁判所に於て刑の加重事由ありと認めて刑を加重する場合には、その事由と証拠とを示さなければならない。本件に於ては、単に被告人に対する司法警察員の第一回供述調書をあげているが、右供述調書三十六丁によれば、「私は昭和二十一年八月五日大垣区裁判所に於て贓物故買罪により懲役一年及罰金千円に処せられた事実があります」と記載せられている。然しこれだけでは果して被告人が刑に服したものか、又何時刑の執行を終了したものであるかは全然証拠上結論が出ないのである。原審判決が単に被告人の自白のみを証拠にとつて累犯加重をしているが、刑事訴訟法第三百三十五条第一項には、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならないことを明示し、元より累犯となる前科は罪となるべき事実ではないが、同条第二項の刑の加重の事由に該当し刑の加重事由ありと認めて刑を加重する場合には、その事由と証拠とを十分に示さなければならないのに、原判決にはこれをしていないことは結局理由不備の違法があるものといはなければならないので、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百七十八条第四号により原判決を破棄する旨の判決を求める次第である。

(二) 原判決には更に法令の適用に誤がある。

原審判決は被告人に対し併合加重と共に累犯加重をしているが、斯くの如き場合に於ては当然刑法第十条、第十四条を適用し、その制限に従はなければならないのに、原審判決はこれを遺脱している。右の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかなところであるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三八〇条により原判決を破棄する旨の判決を求める次第である。

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